議論

小学生に勉強より必要なのは、世界と直接つながる手応え。鳥羽和久さんと考える中学受験。

2026.09.15
『中学受験には「議論」が足りていない』――その課題意識で始動した対談企画。第5回のゲストは、教育者で作家の鳥羽和久さん。長年小中高生たちの学習指導に携わってきた立場から考える、中学受験の危うさ、勉強嫌いにならないための方法などについて、SPRIX代表 常石博之と議論を交わしました。

10歳前後までは子どもが世界と直接触れ合える期間。

常石:今日はよろしくお願いします。鳥羽さんは福岡で学習塾「唐人町寺子屋」を営んでいらっしゃいますが、いったいどんな経緯で塾を始めることになったんですか?

鳥羽: 2002年、大学院生だった頃に始めました。大学院で修士論文が書き終わらず、もう1年通いたいと親に相談したら断られてしまい、学費を用意するために塾を開いたんです。その前には家庭教師をやっていて、8年間で90人の生徒に教えました。

常石:90人とはすごいですね。

鳥羽:大学にほとんど行かずにやっていたので、もう本業みたいな感じでした。市販のテキストで教えるのは退屈なので、自作で色々作っていたんです。だから「このテキストがあればすぐに塾をやれるかも」と思ったのがきっかけですね。

常石:もともと教育に興味があったんですか?

鳥羽:教育に興味があるというよりは、自分のやりたくない職業を消していったら「教えること」が残ったっていう感じです。でも、学校の先生にはなりたくなかった。私は福岡の典型的な荒れている中学校の出身なので、先生がヤンキーにいじめられてるのを見てきたんです(笑)。ただ、教えること自体は得意という自覚があったので、この仕事をしようと決めました。

常石:そうだったんですね。

鳥羽:子どもたちと関わっていると、受験という一つのレールにうまく噛み合わない子が当然いるんですよね。競争が得意な子はどんどん頑張ればいいけど、そうじゃない子に無理やり競争させるのはよくないと考えて、教室の中にイベントスペースを作ったり、フリースクールを始めたり、1つのビルの中にいろいろな子が集まる場所を運営しています。

常石:素晴らしいです。今、全国的に中学受験が活況じゃないですか。おそらく福岡にもその波が来ているのかなと思うのですが、中学受験を取り巻く環境についてはどう捉えていますか?

鳥羽 :良いか悪いかは一言で言い切れませんが、私個人としては、中学受験はできればしない方がいいと思っています。10歳前後までは、子どもが世界と直接触れ合える期間だと思うんです。言語優位になって言葉を介して物事を見るようになる前の期間。低学年くらいの子どもって、例えばペットボトルに入った水の動き一つ一つを意味を介さずにただ現象として面白がれる存在だと思うんです。それこそが“世界と直接つながる”ということであって、その手応えが子どもを一生支えるのだと私は考えています。そんな時期に、まだ言語優位でもない子どもに無理やり勉強させて、知識をどんどん入れていくっていうのは不健全なのではないかなと。

常石:なるほど。

鳥羽:子どもの時期にしか味わえない世界とのつながりを阻害してしまう、遊ぶっていう当たり前のことができなくなってしまうっていうのは、とてつもない損失だと思うんです。そんな犠牲を払ってまで受験した方がいいのか、というのがまず根本的な疑問ですね。

常石: 私も受験自体の是非というより「そんなに早く受験に飛び込まなくてもいいのでは」と思っているので、とても同感です。個人差はある前提の上で、高校受験で初めて受験の競争に飛び込むのが適正なのではないかと考えています。実際、早慶であれば、高校受験の方が入りやすいという面もあるんですよ。だからそういうのもぜひアピールしたいなと思っていて。

鳥羽:福岡でも、早稲田に入りたいなら早稲田佐賀高校に通わせるのが定番になっています。

常石:そうなんですね。でもやっぱり、できるだけ早めに地位を確保したい、学歴を確保したいっていう想いがあるから中学受験者が増え続けてしまっていて…。

鳥羽:できる子なら、小6の夏や秋から勉強を始めても受かったりしますからね。

常石:本来なら高学年からで十分なはずなんですけどね。

鳥羽:一方で、中学受験した子たちを見ていると、受験をポジティブな経験として捉えている子が多いのも感じます。「いい経験ができた」と感謝している子がたくさんいるし、中学に入った後の満足度が高い子も多い。だから、中学受験にいい側面があるのも理解しているつもりです。ただ、やっぱり向き不向きがあるじゃないですか。例えばスポーツだったら、小6くらいになると多くの子が「オリンピック選手にはなれなさそう」ってわかると思うんです。でも、勉強に関しては「東大京大に行けるかも」って多くの親子が思っている。そこが不健全だし、冷静に見ていかないと、苦手なことをやらされまくって不幸になる子どもが増えてしまうのではないかなと考えます。

常石:まさにその通りですね。スポーツや、ピアノやバレエなどの習い事と違って、勉強は諦めづらい。やめ時が難しい部分があると思います。

鳥羽:「勉強だったら努力でなんとかなる」と思ってしまうのはなんなんでしょうね?本当はスポーツと同じように、得意な子を面白がるような場である方が健全なのではないかと思います。今は受験する子の割合が増えていますが、そんなに高い割合で受験に向いている子がいるとは到底思えないんですよね…。だから、適性に関わらず受験の競争に巻き込むっていうのは反対です。やっぱりそこは見極めが必要だし、もし受験するのであれば、子どもが傷つかないように大人の適切なディレクションが欠かせないと思っています。

常石:大人の適切なディレクションには何かポイントはあるのでしょうか?

鳥羽:難しいですね…。公立校にはとにかくいろんな子がいるので、そうではない、ある程度均一化された環境の方が安定する子もいるんです。そういう場合は、その子に合った環境を獲得するために中学受験をする必要があるっていうのはすごくわかります。そこで「本当に受験すべきか」「この学校が本当に合っているのか」をよく考える必要があると思うのですが、初めて子どもを育てる親がちゃんと見極められるのかという問題もあって。その判断には、親だけでなく塾の責任も含まれていると思っています。

常石:そうですよね。

鳥羽:私の場合は、一人ひとりの適性を見ながら、親との「この子はこういう子だからこの学校が合うんじゃないか」という会話をあえて子どもの前でするように意識しています。いつもその内容がその子にとって適切かどうかはわからないのですが、そこは勇気を出して口にしてみる。子どもに直接「あなたはどこへ行きたいの?」と聞く親や指導員もいますが、子どもにわかるわけないって思うんですよね。もしはっきり志望校を言う子がいたとしても、「友達と一緒のところがいいから」とかの動機でしかないことが多い。

常石:それはそれで立派な理由の一つではあるけれど、ただ友達と同じ学校に行きたいだけの子が、熾烈な受験競争に巻き込まれてしまうと考えると、なんだか危ういですね。

鳥羽:そうなんですよね。一方で、「どこへ行きたいの?」という話を親子ですると、期待や理想の押し付け合いになってしまうので、大人同士のフリートークとして見せてあげる。親と私が10分15分喋っていると、子どもの表情が変わってくるんですよ。そうやって本人の欲望の芽生えを演出するのも大人の仕事かなと思います。

常石:それは、大人は「こっちへ誘導しよう」という意思でやっているんですか?

鳥羽:少なくとも私はそこまで考えていないです。ただおしゃべりをして、子どもの適性を話したり、いろんな道を提示する中で、子どもの中で新たな選択肢が増えたり、自己理解が深まったり、自分の将来についてプルッと震えるような衝動が見いだせたりしたらいいなと。親だけじゃ難しいところを、少し違うアプローチでしている感じです。大手の塾だと難しいかもしれませんが、うちくらいの規模だとそういうやり方もできるのかなと。

常石:一般的な塾はやっぱり、「勉強を頑張って合格しよう」という方向へどんどん向かいがちですね。無理な受験を止められるような塾や先生が増えたらいいなと思いますし、「中学受験で悩んだら僕たちの話を聞いてね」みたいな団体を、鳥羽さんのような方にやってもらえたらいいのにって思います。本当はこども家庭庁とかがやるべきなのかもですけど。

鳥羽:そういうセーフティーネットが必要なくらい、深刻な状況にありますよね。

公立にきちんとお金が回れば、中学受験者も減る?

鳥羽:すごく現実的な問題として、公立中学の教育の質が下がってしまっているというのもあって。公立を避けるために私立へ行くっていう選択をする親子も多いんだろうなと思っています。私自身、もし都心に住んでいて子どもがいたら私立を選ぶかもしれないって思うくらい。

常石:そういう話はよく耳にしますね。少し前のことですが、コロナ禍の対応で公立と私立の差みたいなものが浮き彫りになって、私立の設備や先生の質を評価する声が大きくなったように感じます。

鳥羽:人気があってお金もある学校は、やっぱりある程度、先生の質が担保されているように思います。

常石:中学受験が過熱している裏側には、公立が荒廃している事情があると。今は公立でも学区外の学校に通える制度があるので、そういう道を声高らかにアピールするのも、無理な受験をさせないための一つの手段なのでしょうか?

鳥羽:個人的には、学区を選ぶってこと自体に少し懐疑的です。いいと言われている学校にはいわゆる意識の高い家庭の子どもが集まるので、親や子どもが先生を尊敬していなくて、その結果クラスが荒れやすいと言う問題もあるんですよ。だから、いい学区とされているところの方が、かえって子どもたちが収集つかなくなって学級崩壊が起こっていたりする。「みんながいいって言うから」と選ぶのは少し危険で、一旦立ち止まった方がいい部分もあるのかなと思います。

常石:“プチ私立”みたいになっている学区もありますもんね。そして、その環境に耐えられるような先生のなり手もあまりないという状況で…。なかなか難しい問題ですが、もし鳥羽さんが文部科学大臣だったらどう対処しますか?

鳥羽:私だったら、まず教育にかける予算を倍にします。先生たちの給料を10万円ずつ上げて、先生の身分を高める。率直に言って、給料が低いから身分が低くなっちゃうんだと思うんですよ。

常石:やっぱりそうですよね。学校の先生を目指す若者がどんどん減っていますし。最近は少し落ち着きましたけど、「学校はブラックだ」と散々言われて。国が大事にするべき先生の卵が、民間の教育企業や他の業界に流れていっているのは大きな問題です。おっしゃる通り、給料を上げるしかないのではと思います。

鳥羽:結局、教育の荒廃ってお金の問題なので、それだけでかなりの部分を解決できると思うんです。

「勉強できる人が偉いわけじゃない」と伝えたい。

常石:鳥羽さんが他の記事で発信されていた「受験後遺症」についてもぜひお聞きしたいです。

鳥羽:これはさまざまな面からアプローチできる話なので、一言では言えないのですが。例えば受験にまともに参加しなかった大人でさえ学歴的価値観を内面化しているっていう事実がすごいなと思っていて。大学に行ってない人や、偏差値が高いとは言えない大学に行った親は、ずっとどこかで劣等感を感じていたりするわけで。そういう意味での「受験後遺症」と、逆に受験で成功体験を得た人が40代、50代になってもそれを引きずって学歴を自慢してしまう「受験後遺症」。どちらもあると思っています。

常石:なるほど。

鳥羽:人を数値化して見る癖ってなかなか抜けないんですよね。私は勉強を教える立場として、「勉強ができるからって偉いわけじゃない」ということを子どもたちによく言っていて。毎回言う必要はないけど、年に2回くらいは伝えた方がいいと思っています。塾で1位だったらもちろんすごいけど、別に人間として偉いってわけじゃない。そういうのを言葉にして伝えていかないと、勘違いが進行して、将来的に後遺症が深刻化してしまうのではないかなと思っています。

常石:中学受験では「自分に学歴がないのがコンプレックスだから子どもをいい学校に」という親もいれば、「自分の学歴を誇りに思っているから子どもも同じ学校に」という親もいて、まさに今の受験後遺症の話に関係してきそうだなと思いました。

鳥羽:そうですね。やっぱり一人ひとりにいろんな選択があるってことを、親が理解していないと危険だなと思います。

常石:今は核家族化が進んで、家庭内の価値観が固定化しているのも問題なのかなと思っています。子どもがいろいろな価値観に触れることがないまま、親に提示された道しか見えなくなってしまうので…。

鳥羽:なので私は、意識的に同じビルにいろんな子がいる環境を目指しています。東大を受験する子もいれば、勉強を全然頑張らない子もいて。そういう子たちが混じり合って同じ空間にいるっていう方が、健全なのかなと思っています。“どちらか”ではなく、“どちらも”いいってことを強調したい。中学受験についての本を見ると、「家庭内の価値観を一貫させないと子どもが混乱する」とか書かれていたりするんですけど、それは違うと私は思っています。一人が熱心に勉強を教える横でもう一人は好きなことやってるとか、家庭内の価値観がバラバラの方がいいんです。

常石:たしかに子どもにとってはその方が健全なように思います。サードプレイスというか。

鳥羽:両親の考えが一致せずに矛盾しているっていう環境を、むしろ積極的に作った方がいいと思います。大人が2人いれば、それだけで多様性を生み出せると思うので。

常石:例えば兄弟が3人いたら勉強が得意な子、スポーツが得意な子、とそれぞれ自由にやれるのかもしれませんが、今は一人っ子の家庭が多いので、両親の価値観が同じだと子どもも同じ方向へ向かうしかなくなってしまいますもんね。

鳥羽:なるべくいろんな価値観に触れられるようにした方が、選択肢や可能性も広がるし、一方向に潰されにくくなるし、いいことが多いように思うんですけどね。

受験は、勉強との出会い方を失敗しがち。

常石:仮にもう受験に足を突っ込んでしまっているとして、「こうなってしまったら撤退すべきだ」と言うポイントは何かあるのでしょうか?

鳥羽:シンプルに、子どもが勉強に明確な拒否感を示したらやめた方がいいって思います。中学受験までは特に。そこで止めないと、嫌いと苦手が定着してしまうので。数学への苦手意識が固定化された子は多くいますが、中には、むしろ数学への適性があるように見える子もいるんです。ただ、出会い方を間違えたせいで苦手だと思い込んでいる。そうやって間違った苦手意識を持ってしまうのは本当に残念なことなので、勉強への拒否感が出てきたらストップすべきだなと思いますね。

常石:私たちが行った調査でも、中学受験を経て「勉強が嫌いになった」「勉強に苦手意識が生まれた」という声が多くありました。逆に、勉強とのいい出会い方ってありますか?

鳥羽:数学でいうと、やっぱりみんな発明家でいたいんだと思うんです。とある中2の男の子が、模試では偏差値65くらい取れるけれど、塾や学校の授業をまったく聞かないと。例えば「連立方程式の文章題はこうやって解き方まで書くんだよ」と得点するための手順を教えても一切書けないような状態で。その子はつまり、先に結論がわかっていてそれを逆算するような勉強に興味がないんです。頭の中で答えがわかっているから書く意味がないと。でも、ある時模試で関数の問題を間違えた時に、自分が間違えたことに驚いて、別解を5つもノートにまとめてきたんです。その時、彼は自分が発見者であり、発明家でありたいんだなと思って、それこそが学問に出会うことなのかなと思いました。

常石:なるほど。

鳥羽:でも、受験勉強はそういう形で作られていないので、出会い方として失敗してしまうことが多い。そこをわかった上で、例えば発明家タイプの子には一斉授業ではなく個別授業が向いているとか、それぞれに合った伸ばし方があるはずなんです。みんなで同じ方向へ向いて突き進んでしまうと、どうしても間違った出会い方になってしまうのかなと。

常石:鳥羽さんのお話を聞けば聞くほど、一人ひとりの適性を見て指南できる存在が大事だなと感じます。

鳥羽:一方では、子どものやりたいことや好きっていうことに大人が乗っかりすぎなのも問題ですよね。「この学校いいな」って一度言っただけで、「あなたが行きたいと言ったよね?」と頑張ることを過度に求められたり。次の日には言ってることが変わるのって、子どもの資質としてはむしろ大切なはずなのに。

常石:そうですよね。子どもの言葉は言質取るな、って強く思います。親も悪気はないと思うのですが。

鳥羽:やりたいことが変わるって、子どもが変化している証だと思うんです。仮に子どもが「医者になりたい」と言ったとしてもそこに過度に期待するのではなく、その夢が子どもをかえって苦しめていると感じた時には「医者も素敵だけど世の中にはいろんな仕事があるから見てみたらいいよ」って言ってあげるとか。無邪気に喜びすぎると、「親がこんなに喜んで応援してくれるなら頑張らなくちゃ」ってプレッシャーになってしまいますから。

常石:子どもは親の顔色を見る天才なので、ちょっとの変化にも敏感ですからね。

鳥羽:あとは、子どもより先に諦めちゃう親はひどいなって思いますね。途中まで応援してたのに突然やめたり、まだ変化の途中だったのにやめさせられたり。親が期待してくれているっていうのが支えの一つだったのに、突然それがなくなるっていうのは酷なこと。

常石:傷つきますよね。親が積極的に諦める方向へ向かっていくのは良くない。子どもが「やめたい」と諦めていくのを後追いするならいいかもですが。

鳥羽:そうですね。そこの判断が早すぎる、待てない親が多いように思います。

親や先生が嫌いを認めなければ、本当の勉強嫌いにはならない。

常石:中学受験をする子の多くは、毎日のように塾に通ったり、ほとんど遊ばずに勉強するような子たちが多い状況なのですが、そんな中で勉強を嫌いにならないために大人が心がけることって何かありますか?

鳥羽:人にもよるので難しいですが、勉強が自己目的化してる子たちは嫌いにならないんですよね。それはつまり勉強に適性があるってことなのですが。自分の勉強をやること自体が次の勉強に繋がるようなタイプだと、自分の中でいいサイクルができて、楽しみながらやれるのかなと思っています。

常石:親や先生に言われたからやってる、みたいな意識だとなかなか難しいですよね。

鳥羽:中には、「勉強しなさい」って言われたい、誰かに引っ張ってほしいという子もいますけどね。それが一つの愛情の作法として家庭の中で成立していればいいのかなって。そういう一部の子を除いて、「勉強したくない」と言っている子に無理やりやらせる必要はないのかなと思います。だって、食欲がない子に「無理にでも全部食べなさい」と言うようなものじゃないですか。

常石:たしかにそうですね。

鳥羽:あとは、もし子どもが「算数が苦手」みたいなことを言い出したら、「あなたは算数が苦手なんじゃなくて図形が苦手なだけ、計算は得意でしょ」と、苦手を細分化してあげるのも大事かなと思います。苦手が全体化してしまうと、勉強自体を嫌いになってしまうので。これは親はもちろん、学校や塾の先生にもぜひ実践してもらいたいことですね。

常石:それはぜひうちの塾の先生たちにも伝えたいです。

鳥羽:得意の全体化はむしろウェルカムですよ。歴史が大好きで社会がいい点とれた時に、じゃあ地理もできるはずだって前向きに頑張れるので。理科は「生物は好きだけど物理は苦手」とか、子ども自身で細分化しやすいんですよ。特に数学は、すぐ全体化されてしまう。

常石:数学嫌いが多いのはその影響もありそうですね。

鳥羽: 子どもが「勉強が苦手」って言い出した時に、「今こうやって喋って、聞き取って考えられてるんだから、全部が苦手なわけない」って返すとか。「俺バカだから」とか言われても、「バカじゃないし」と即否定して、それを認めない。勉強嫌いを認めずにいたら、本当の勉強嫌いにはならないのかなって思います。

常石:今のお話は、塾はもちろん、家庭でも実践しやすいことなのかなと思いました。現場で子どもたちを教えているからこその、リアルなお話をたくさん聞けて本当によかったです。ありがとうございました。

<対談ゲスト プロフィール>

鳥羽和久(教育者、作家)

株式会社寺子屋ネット福岡代表取締役、学習塾「唐人町寺子屋」塾長、単位制高校「航空高校唐人町」校長、及び「オルタナティブスクールTERA」代表。著書に『君は君の人生の主役になれ』(ちくまプリマー新書)、編著に『「学び」がわからなくなったときに読む本』(あさま社)などがある。最新刊は『光る夏 旅をしても僕はそのまま』(晶文社)、『それがやさしさじゃ困る』(赤々舎)。

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